家庭を持たない人が増える現代社会 - 心理学的見地から見る新たな価値

近年、日本では家庭を持たない選択をする人が増えています。実際、2020年のデータによれば、50歳時点での未婚率は男性で25.9%、女性で16.4%と急増しています​。

50歳時点の未婚率(男性)50歳時点の未婚率(女性)
1985年3.7%4.3%
2020年25.9%16.4%

このような傾向は単に社会の一時的な変化ではなく、私たちの価値観の変化や経済状況、心理的な背景が影響していると考えられます。

ここでは、家庭を持たない人が増えている背景と、それに関連する心理学的な見地を掘り下げてみましょう。

家庭を持たない人が増える現代社会 - 心理学的見地から見る新たな価値

1. 価値観の多様化 - 自己実現と自由の追求

かつての日本社会では、結婚や家庭を持つことが「当たり前の人生の形」とされてきましたが、現代ではその価値観が多様化しています。心理学的には、「自己実現」や「自己効力感」(自分の人生を自分でコントロールする感覚)を重要視する傾向が強まっています。

特に若年層では、キャリアや趣味を通じて自分の個性を発揮したいという自己実現欲求が強く、家庭を持つことが必須の人生目標とは考えなくなっています。

また、家族という枠に縛られない自由な生活や柔軟な時間管理が「心理的な自由感」を与え、自己満足度を高めるケースも増えています。

心理学者アブラハム・マズローの「欲求階層説」でも示されるように、自己実現欲求が満たされることは人間の満足感に強く影響します。現代の独身者が家庭以外の領域で充実感を得られているのは、この変化を反映していると考えられるでしょう。

アブラハム・マズローの「欲求階層説」は、人間の欲求を階層的に分類し、自己実現に至る過程を理解するための理論です。このモデルは、五段階の欲求から構成されており、下から順に生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、承認欲求、そして自己実現欲求が含まれています。

最初の段階である生理的欲求は、食事や水、睡眠といった基本的な生存に必要な欲求です。次に、安全欲求では、身体的・経済的な安全や安定が求められます。社会的欲求は、友情や愛、所属感といった他者とのつながりを求める段階です。承認欲求は、他者からの評価や認識を得たいという欲求を指し、自己価値感を高めるために重要です。

最後の段階である自己実現欲求は、個人が自分の可能性を最大限に引き出し、創造性や独自性を発揮することを目指します。マズローによれば、下位の欲求が満たされることで、次の段階の欲求に進むことができるため、自己実現に至るためにはまず他の欲求が充足されることが重要です。この理論は、個人の成長や心理的健康の理解に大きな影響を与えており、教育やビジネス、心理療法の分野で広く応用されています。

マズロー

マズロー

2. 経済的要因と生活の不安定さ

家庭を持たない人が増える要因には、経済的な背景も大きく影響しています。特に男性の場合、非正規雇用や賃金の低さが結婚や家庭形成を躊躇させる原因となっているとされています。

一方で、女性の場合は、正規雇用でのキャリアを重視することで家庭を持つ時間的・精神的余裕がないという声も多くあります。

これは「経済的ストレス」が人の意思決定にどのように影響を与えるかという心理学的な課題です。

経済的な安定感が欠如している場合、長期的な計画を立てることが難しくなり、不安が強まる傾向があります。結果として、家庭を持つよりも、自分自身の生活基盤を確立することにエネルギーを費やす人が増えているのです。

3. 家族への心理的なプレッシャーと個人主義

家庭を持つことへのプレッシャーが少なくなってきているのも、現代の特徴です。伝統的な価値観では「家族」としての役割を果たすことが重要視されていましたが、現代では個人の自由が重視される傾向が強まっています。特に、家族のあり方に対する固定観念に対し、心理的な抵抗を覚える人が多くなりつつあります。

たとえば、過去に家族との関係でストレスを感じた経験がある人は、家庭を持つことに不安やプレッシャーを感じやすく、心理的に距離を置く傾向があります。

これは、心理学的には「対人恐怖」や「親密回避」という概念に関連しており、対人関係における自律性を強く求める結果として家庭を持たない選択につながることがあります。

対人関係における自律性を強く求めることは、個人が他者との関係において自分の意見や感情、価値観を尊重し、自らの意思で行動することを重視する姿勢を指します。自律性は、自己決定権や自由を求める基本的な人間の欲求であり、健全な対人関係を築くためには欠かせない要素です。

自律性を強く求める人は、自分の境界を明確にし、他者との依存関係を避ける傾向があります。これは、他者に対して過度に依存することなく、独立した存在として自分を確立しようとする意志の表れです。このような態度は、対人関係においてパートナーシップや友情を深める一方で、自己表現や個人の成長を促す要因ともなります。

また、自律性を重視することで、関係の中での誠実さや透明性が高まり、互いの理解や信頼を築く基盤となります。対人関係において自律性を求めることは、自己認識を深め、自分の感情や欲求に対する理解を深めることにもつながります。これにより、個人は他者との関係をより豊かにし、相互の成長を促進することが可能となります。

ただし、自律性を強く求めすぎると、他者とのコミュニケーションや協力が不足し、孤立感を感じることもあるため、バランスを取ることが重要です。健全な対人関係は、自律性と相互依存の間での適切な調和によって築かれるのです。

4. 家族以外のつながりの重要性

現代では、友人やコミュニティといった家族以外のつながりが重視されるようになってきました。SNSやオンラインコミュニティの発展により、物理的な距離を超えてさまざまな人々とつながることが可能になりました。心理学者エーリッヒ・フロムの「愛の理論」においても、他者とつながることは人間の心理的な充実感に大きく影響を与えるとされています。

エーリッヒ・フロムの「愛の理論」において、他者とのつながりは単なる感情的な関係にとどまらず、自己実現や人間性の深い理解に寄与するとされています。フロムは愛を、他者との相互作用を通じて自分自身を発展させるプロセスとして捉えています。彼の考えによれば、愛は自己愛や自己中心的な欲求を超え、他者に対する理解や共感、尊重を基盤とするものであり、これが真の幸福感や充実感をもたらす要素となります。

また、愛は人間関係における相互依存を育み、個々の成長を促す重要な力とも見なされています。他者とのつながりが強いほど、自己の存在意義や価値をより深く理解できるとされ、これは心理的な安定や満足感を高める要因となります。フロムの理論は、愛が人間にとって不可欠な要素であり、心の健康や幸福感の向上に寄与することを示唆しています。

また、家庭を持たない人々が自らの人生をより充実させるために、趣味やボランティア活動などで社会的なつながりを築くことも増えています。このような「補完的な家族」の存在は、家庭を持たない人にとっての新しい支えの役割を果たしています。

5. 孤独と孤立のリスク

ただし、家庭を持たない選択には、将来的な孤独や孤立のリスクが伴います。

心理学的には、孤独が精神的・身体的な健康に与える影響が示されています。特に高齢期においては、家族の支えが欠如していると精神的・身体的な健康リスクが増える可能性があるため、独身者には計画的な社会的サポートが必要です。

近年、自治体や地域コミュニティが、独身の高齢者に対する支援を強化している背景にはこうした懸念もあります。また、独身者が安心して暮らせる社会の整備が進められることが、孤立や孤独感を防ぐために重要なポイントとなります。

結論

日本で家庭を持たない人が増加している現象は、経済状況や価値観の多様化といった外的要因に加えて、心理的な要因も大きく関わっています。人が幸福感や充実感を得る方法は一つではなく、家族に縛られない生き方も尊重されるべき選択肢の一つです。そして、家庭を持たない人にとっても、社会的なつながりや支えを築き、孤立や不安を防ぐためのサポート体制が今後の課題といえます。

家庭を持つ・持たないという選択肢に関わらず、個々の価値観や人生観が尊重される社会が広がることで、すべての人がより幸せな生活を築けるようになることを期待したいものです。

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